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2012.10.31 (Wed)

気をつけて!

 昨日、夜10時近くに家の電話が鳴った。男の人の声で「あ、今、いい?」とか言われて「どちらさまですか?」と聞くと「A(長男の名まえ)だよ」と言う。えっ?と思いつつ息子と気付かなかったことを「あっ、ごめんごめん」と詫びた。「風邪ひいちゃってさぁ、咳が止まらなくって」と言う。その声、言い回しが長男とは違う、と思った。変だな、夫と代わって本物の長男かどうか確かめてもらおうかなどと考えながら、しばらく無言でいると電話は切れた。
 新手のオレオレ詐欺ならぬ、名乗り詐欺だったのだろうか。我が子の名まえを名乗られると、そうかと思ってしまう。危険だ。あれっ?声は違うみたいだけど、でも風邪引いてるから?などと思いを巡らせてしまう。
 すぐに私の母にメールで知らせて気をつけるように伝えた。子どもや孫の名まえで電話がきたら信じてしまうかもしれない。母からは「家まで狙ったり、怪しい人かげ、物売りに用心して」と私に更に気をつけるようにと返事がきた。いつも更に上を行く母。
 もちろん長男が風邪を引いていたら気の毒なので彼のツイッターをチェックした。元気にいろんなこと、つぶやいていた。
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18:48  |  うちのこと  |  TB(1)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2012.10.28 (Sun)

発表会 (練習)

 今日は来週に行われる音楽教室の発表会の練習日。ピアノ伴奏役の姉もJRで、やってきて、夫と3人でホールに向かう。夫は本番が仕事で見れないので今日、見に来た。二人で弾くのと皆と弾く合奏があるのだが、姉は合奏の練習用録音を聴きながら膝の上で練習してきたので、1時間20分の電車が20分くらいに感じたと言う。「もうバッチリ、私、今日の練習終わっちゃった気分だよ!」って、可笑しい。
 ホールで早速、二人で合わせて弾いた。姉は、ここのピアノは初めてなので、弾いた感じ、タッチとか響き具合とか大丈夫かなと気になって1回弾き終わってすぐに「どうだい?」と聞いた。調子はどう?と聞いているのに「この前のときより上手くなってる!」と私のバイオリンのことを言ったので噛み合わない会話に笑った。「や、ピアノの感じさ」。
 1か月ぶりに合わせられて、そして次回は本番の日なので何度も練習をさせてもらった。あぁー緊張するー。でも緊張するのは当たり前と思って、その緊張を受け入れて、表現したい形に少しでも近い演奏ができるように頑張ろうと思う。先生も姉も、私の立ちスタイルが変と言って、直してくれるのだが、足が曲がっているせいか「良く見える立ち方」は不安定で困る。私が弾きやすい楽な立ち方をすると、とても変で「ギョッとする」と姉が言う。その話でまた笑って、真剣で必死なんだけど可笑しくて、楽しかった。
21:31  |  ライブ  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2012.10.21 (Sun)

美しい

 私の働いているところは窓の外すぐが田んぼで、ずーーっと遠くまで田んぼ。その向こうに道路があって、そのまたずっと向こうにも道路。走っている車が小さーく見える。渡り鳥の群れらしきものが黒い点々で遠くの空に見える。こっちに向かって来る。ホントに、こっちに来る!ここの真上を通る!美しいV字飛行、なんて綺麗。群れは、いくつもあって次々とやってくる。もしかしてみんな、ここの真上を通るの?と少しドキドキする。ホントに?どの群れも真上を通るので楽しくてたまらない。あっ、でも仕事しなきゃ。
 田植えも稲刈りも目の前で行われるので私は毎年、興味津々。あの機械の仕組みが気になる。上手くできているもんだなー。私が喜ぶのがよほど印象深いのだろう、今年の稲刈りの日は出勤してすぐに「今日は稲刈りやりますよー」と職場の人が教えてくれた。隣のお宅のことなのにみんな詳しい、よく知ってる。そして稲刈りの様子を見ながら機械の仕組みを軽く教えてくれる人もいて、ちょっとわかった。田んぼは年中、どの姿も美しい。稲の生育とその日の天候で毎日、異なる美しさだ。
 春と秋は田んぼに白鳥が来る。今まさに白鳥さんが来ている。真っ白で綺麗。青い空を飛ぶ白鳥はもちろんいいけれど、昨日、濃いグレーの曇り空を純白の白鳥が飛んでいて、そのコントラストの斬新な美しさに感動した。うっとりだった。
 
21:13  |  私のこと  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2012.10.17 (Wed)

室蘭のこと その4

 室蘭から帰ってきて、姉や両親に話をした。姉の同級生はアーケード街のお店の子も数人いたようで「○○屋さんの○君は、いた?」と質問された。数少ない今もやっているお店だ、後を継いだんだろうな、きっといるんだろうな。写真を見ながら、ここのお寺の子は勉強ができたとか、この坂のこの地点に来ると心臓が痛かったとか、大学でまさかの再会をした子もいるとか、面白い話をたくさんしてくれた。やっぱり一度、姉と一緒に行きたい。
 父は「そうか、家のところが全部、笹薮になってしまったか」とか、「丸太の階段は、まっすぐじゃなくて少し登ると左に曲がるんだよな」とか言っていた。「夜は遠くの鉄の工場が火の粉を飛ばしながらもうもうと煙を出していて、大気汚染がひどかった。今のように空気は良くなかっただろうな」と言っていた。それは姉も言っていた。姉は、ここで喘息になった。今の空気の良さとは大違いだ。母は、その頃の室蘭は景気が良くてアーケード街が賑わっていて八百屋さん、魚屋さん、どこのお店でも何でも安く大量に売っていたと楽しげに話した。
 実際に行ってみて、記憶の頼りなさが浮き彫りになった。さびれている姿に、もったいなさを感じた。森のたまらなくいい匂いが街を包んでいて、ずっとここにいたいと思った。室蘭は雪が少ないからこうなのか、家から家へ、細い苔の道がついている。横や裏や、隣町に細い秘密の坂道がつながっていて、子どもの頃、探検して行ってみたらやっぱりここに出た、という楽しさ。家から小学校までも細く続いているワクワクドキドキの山道があったのだ。私は細い土や苔の道にキュンとなる。
 あぁ今も楽しい室蘭だった、素敵な室蘭だった。
 室蘭の話、おしまい。
22:59  |  私のこと  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2012.10.17 (Wed)

室蘭のこと その3

 記憶と照合し、ゆっくりあたりを見ながら坂を下りていった。記憶力の良い姉が、ここにいたら色んなことを教えてくれるのにと思った。通りにお菓子屋さんがあったので入った。昔からあったように思うがここで何かを買った記憶はない。お店の奥さんは同世代の人だった。40年前に住んでいたのだ、住んでいたところを見に来た、と話してみた。奥さんは25年くらい住んでいるという。家の裏側にあった公園の話をすると「うちの子どもたちが小さい頃は、遊んでいる子たちが結構いて、公園の上の笹薮を笹薮すべりと言って尻すべりをして遊んでいた」と教えてくれた。何故だかとても嬉しかった。そうかー私の記憶にある懐かしい笹薮で子どもたちが遊んでいたかー、よかったよかった、と思った。アーケード街のお店も閉めてしまったところが多く、「たい焼き屋さんも、やめちゃったし」と言うのでハッと思い出した。そうだ通学路にあった、窓が道に面していたので、いつも焼くのを見ていた。
 お菓子屋さんを出て、アーケード街を歩いて、神社や小学校に行ってみた。どちらもそれぞれ坂を上っていくのだが、測量山の森の恵みなのだろう、空気が青い感じ、清々しくてたまらない匂い。小学校は昨年、閉校になったが大きく立派な校舎はそのまま残っていて、全体を見渡すと本当に深い森を切り取ってそこに大きな学校を置いた、という感じ、森の匂い。私の通学路はどこもその匂いがして、なんて深く豊かなところなんだろうと思った。そしてこんな豊かな環境でお店がほとんど閉まっているのがたまらなくもったいないと思った。シャッター街という言葉は知っているけれど、初めてその言葉の悲しさを実感した。
22:21  |  私のこと  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2012.10.11 (Thu)

室蘭のこと その2

 その日は苫小牧でKOTEZ&YANCYのライブだった。電車で日帰りすることを考えていた。苫小牧から室蘭は特急で50分くらい。朝から出かければ室蘭を見てそのあと苫小牧のライブに行って最終で帰ってくるという素晴らしい日帰り旅行ができる。
 室蘭に着いたのは昼頃だった。駅は新しく別の場所になっていて、おぼろげながら覚えている元の駅舎は古い風格のあるもので観光案内所となっている。そこから通学路の通りに行き、住んでいた場所を目指して歩く。方角はわかるので道なりに行く。微妙な道の曲がり具合は記憶にない。でも合っているはず、と歩く。そのメイン通りから右に曲がって山を登っていくのだが登り口を間違えた。記憶はあやしいものだった。さんざん進んでから、やっぱり違うと気付いた。そこには公園があった。家の裏にあった公園に違いない、とすると家は・・・あっち?などと歩き回った。公園の話をさせてもらうと、家は山の高いところにあってその裏に不思議な急な階段があってそれを下りると広い公園があった。私が今、いるのはその公園のはず。公園の奥は高い崖みたいな山で、うっそうとした笹薮の中に階段が見える。あそこだ!登って行ってみると階段は途中から通れないように閉めてあって笹薮に埋もれている。そこから見る景色は私の家から見えたものとそっくり、でもちょっと低い。私の家はこの階段を上がったところだからだ。行きたくても行けない、笹薮の中。なつかしさと悲しさとでなんとも言えない気持ちになった。
 そして家の裏側に来たことがわかったので表側の道に行ってみた。迷いながら。やっといつも通っていた道がわかって、ものすごい感動。ここだ!この坂道。めちゃくちゃ急だ!でも身体に伝わるそのとんでもない急な角度、身体が覚えている。笑ってしまう。こんな坂道を毎日歩いていて身体に染み付いているから中学で行った登山も平気だったんだな、役に立ったんだな、と思った(このことを帰ってから姉に話したら、姉は、ちっとも役に立っていない、今住んでいる家は山にあるけど登るの苦痛だもの、と言っていた、可笑しい)。そして家の方へと続く丸太の階段はもうなくてコンクリート製の階段がある。それを登ると一帯が背の高い笹薮。一歩も入れない。小雨が降っていたので笹薮をかき分けることもできない。景色も見えない。この一帯の広さを確かめることもできない。悲しい。私は確かに、ここで暮らしていたのに。この笹薮一帯を私にください、竹馬で遊んだ、固くてしっかりした庭の地面に会いたい。すずめが水浴びできるようにお椀を庭に置いた、夏休みは桑の実が黒く熟した、木でできた、ちょっと頼りない塀はクラスの男の子たちが登って壊れそうで心配だった、裏は古い物置とミツバ畑、家の横は秋は小菊がきれい、玄関の戸を開けたままにしていたらネズミが入ってお風呂場にいて怖かった、雨の日、外で猫がネズミを捕まえようとしているのを家の窓から母と姉と見ていた、あぁ全部、ここでのできごと。その場所が目の前にあるのにしっかりと確かめることができない。
 続きはまた今度。
21:55  |  私のこと  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2012.10.08 (Mon)

室蘭のこと

 父親が転勤族だったので小学校は4か所、行った。旭川、札幌、室蘭、留萌。小学2年の2学期から4年生の終わりまでは室蘭に住んでいた。家は山の中にあった。測量山のあたりだ。海が見えて、女性が横たわっている横顔のような大きな岩が見えて、とても美しい風景だった。家の前には桑の木があって桑の実をとって食べた。そして家の周りは笹薮で笹の子もとれた。家は山だから坂道を登って登って、家の近くになると一層、急な坂になって、そしていよいよ最後は丸太と土でできた階段、両側は笹薮。それで家に着く。小学校はとても遠かった。その坂を全部下りたところが街のメイン通り。たい焼き屋さん、鉄工所、ありとあらゆるお店があって丸井さんもあって神社もあって、どんどん行って街が終わったあたりで、また坂を登ったところが学校。学校から港が見えた。
 私は室蘭での生活が楽しかった。山での生活が気持ちよかったのではないか、豊かな自然というものを肌で感じ、知ったのではないかと思う。当時は何がどう楽しいかなんてわからなかったけれど。多分、そこでの暮らしが人生に大きく影響していると思う。
 そんなわけで私は室蘭の家がいつも心の中にある。一度、今から23年前、離れてから15年後、初めて見に行った。そのときすでに家はなくなっていたのだが、それでももう一度、住んでいたあたりや通学路をゆっくり歩いてみたいと思っていた。
 そしてチャンス到来。9月の末の日曜日、室蘭に行ってきた。
 続きはまた今度。
21:26  |  私のこと  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2012.10.04 (Thu)

人生の楽しみ

 偉大なブルースバンド、憂歌団のドラムの島田和夫さんがお亡くなりになったと報道されている。1998年から冬眠中の憂歌団。いつか復活する日が来るだろう、復活ライブには必ず行こうと心に決めていた。私の、そして大勢のファンの人生の大きな楽しみが消えてしまった。亡くなるというのはそういうことなんだとみんな知っているのだけれど日常、忘れてしまっているかのように生活している。あぁ・・・憂歌団に会いたかったな。天国に行ったら聴かせてね。
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